散歩道


紫燈篭
宇賀神像塔燈篭

マップ戻る
宇賀神像塔と紫燈篭

 弁財天堂前の参道の石段を上がったところに、石燈篭、さらに大盛寺門前の道側に石燈篭と上に人頭蛇身像が彫られている石碑がある。この人頭蛇身の像が宇賀神で、神道古来の水神で農業の神でもあったが、やがて仏教系の弁財天と同一視されるようになった。
 神像塔には、井の頭辧財天石鳥居講中の名とともに明和四年(1767)の年号がある。
上の写真は石段の上で、下に弁財天堂の屋根が見える。右側の石灯篭の右手に、下の写真左のに宇賀神像塔がある。下の写真右は、大盛寺門前の道側にある両国講中の石灯篭である。
 石燈篭は、紫草という雑草の根からとった江戸紫の染物問屋と根から薬をとった薬種問屋が江戸末期に寄進したもので、「紫燈篭」と呼ばれている。

写真上の石段の上にある石灯篭の向かって右側が染物問屋、左側が薬種問屋の寄進者名が刻まれている。

マップ戻る
紫草と染物・薬種
 紫草は、かっては武蔵野のいたるところに自生していた野草である。百科辞典によると、ルリソウ、キリグサ、ミズタラビコ、ホタルカズラ、ムラサキのムラサキ科の植物とされている。
 一般に紫草といわれているのはムラサキで、草丈50cm位迄伸び、夏になると小さな白い五弁の花を咲かせる。根は紫色をしており、これがむらさき染めの染料として用いられ、江戸時代には幕府方にも献上され、野生のものだけでは足りなくて、農家でも田畑に栽培していた。また、この根は「紫根」といって、漢方の皮膚病薬にもなった。(原田重久著「武蔵野の民話と伝説」による)
 なお、玉川にかかる紫橋は紫草にちなんで名づけられた。



しゅうゆうしょうにん
こぶし
みなもとつねもと
あだちもりなが