寺社巡り


龍源寺
聖観音日待塔

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龍源寺

曹洞宗大沢山龍源寺
 東八道路を横切って人見街道を府中方面に行き、野川を渡った先にある。門前駐車場に六地蔵、庚申塔とともに近藤勇の彫像がある。
 開創は正保元年(1644)府中高安寺第四世家山東伝(または明伝)、開基は大沢村を開いた箕輪將監と伝えられている。
境内を入って左手の大きな灯篭の傍に、寛文7年(1667)造立の舟型をした光背型立像の聖観音日待塔、本堂前に左右対になった古いイチョウの大木がある。このイチョウの木は、幕末の新撰組隊長近藤勇が幼い頃、兄を手伝って植えた木だと伝えられる。
 本堂の横にある観音像の前を通り、本堂裏にある墓地の入り口近くの右側に近藤勇の墓が、その向かい側に「穴佛」の碑がある。

穴佛

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穴佛の碑と「白骨様」騒動

明治17年(1884)「武蔵野叢紙」に、大沢村で村人が偶然に横穴を見つけ、そこから出土した人骨を龍源寺に持ちこみ供養したという。それが「白骨様」の名前で評判になり参拝者が多く集まり、縁日のような賑いを見せたという。
 横穴は記述から「横穴墓」であり、場所は多数発掘調査されている龍源寺の近くの野川沿い、「ほたるの里」の崖にある坂上・出山横穴墓群(保存施設が整備されている)であろう。
 供養の跡は、横穴墓の入り口を塞いだと思われる大きな石が穴佛碑を囲んでいる。横穴古墳供養碑が脇に立つが、この整備のとき、付近の防空壕内で見つかった人骨も無縁佛として一緒に埋葬したという。

近藤勇の彫像 近藤勇の墓
近藤勇の彫像と墓

近藤勇の彫像は門前の駐車場左手、六地蔵の横にある。
正面奥にあるのが近藤勇の墓

近藤勇の生家跡
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近藤勇の生家跡

 寺を出て人見街道をさらに府中方面に少し行くと野川公園の入り口へ向かう三叉路に土地神を祀った祠があり、その後ろに近藤勇の生家跡と産湯の井戸が残されている。
右の小さな説明板の所が産湯の井戸跡
右手の建物は生家敷地内社
(参照)野川を歩くの近藤勇生家跡で案内しています




あなほとけ