寺社巡り


杵築大社

マップ戻る
杵築大社

御祭神:大国主大神(だいこく様)
      事代主大神(えびす様)
御利益:商売繁盛
今から約350年程前の慶安年中(1684〜1651)に、三代将軍徳川家光の従兄弟で家康の次男・松平(結城)秀康(越前国北ノ庄67万石)の三男・松平直政公(出雲国・松江藩18.6万石)が、

当所12町四方を将軍家より賜り御用屋敷を設け、鷹狩りをした所と伝えられている。
 松平直政公は、大変信仰心厚く、当御用屋敷内に徳川幕府の繁栄と天下泰平を祈願し、出雲の杵築大社(現在の出雲大社)と稲荷社の両社を創建されたのが当社の起こりである。
 その後、四代将軍徳川家綱の時に、玉川上水を敷設(承応三年・1655)、武蔵野の新田開発、やがて貞享年中(1684〜1688)に松江藩御用屋敷は御上地となり幕府の直轄地となった。御用屋敷の奉行だった堺本(馬希?)馬太夫は屋敷のあった場所を幕府より貰い受け、長百姓となり堺新田開拓に努めた。
 この時、松平家の屋敷はなくなったが、神社はこの地に残り、堺本村(堺新田村)の氏神として保谷の宝晃院別当大社様と呼ばれて村人から崇敬されるようになった。
 明治六年(1873)十二月神奈川県より村社に列せられ堺村の鎮守として祭祀が行われた。戦後二十一年十一月、神社信仰の衰徴に対する啓蒙的願望と地元商店会の発展のため、出雲の美保神社より事代主大神(えびす様)をお迎えして、「だいこく様・えびす様」の二福神を祀る大社として地元住民を始め近郷近在の人々から広く崇敬を集めている。(御由緒による)
(注)だいこく様・えびす様は本来、 大国主・事代主は別神だったが同一視されるようになった。だいこく様・えびす様の二体を並べて、エビス大黒として祀ることが室町頃からあり御利益も倍になると信じられている。
 

富士浅間神社
マップ戻る
境内社:
富士浅間神社
(木花開耶媛命)

鳥居をくぐった左側に小さい造山があり、富士山を模している。山頂に富士浅間神社を祭る。江戸時代に富士山参詣を近辺のミニュチュアで代行することが流行した時に造られたものであろう。

稲荷神社

マップ戻る
稲荷神社(豊受大神)

 本殿の右側奥に祭られている。
 豊受大神は伊勢神宮の外宮に祭られる神で、五穀と衣食住を守護し、天照大神の御饌都神(みけつかみ)(食事を司る神)とされる。稲荷は「稲を荷う」「稲の成る」神、つまり五穀豊穣の神とされているため混合されているのではないか。

八坂神社
マップ戻る
八坂神社
(素盞鳴大神)

 八坂神社は牛頭天王を祭るが、素盞鳴尊と同一視されるようになった。疫病退散・農作物の病害虫駆除などがおもなご利益である。
 八坂は繁栄を祈る呪語「弥栄(いやさか)」から、八雲は素盞鳴が詠んだ「夜久毛(八雲)立つ 出雲八重垣妻ごみに 八重垣作るその八重垣を」という歌にちなむ。

弁天宮

マップ戻る
弁天宮(市杵嶋姫命)

 道を隔てた向かいの池のたもとに祭られている。
 市杵嶋姫命(市寸嶋比売命または狭依叱比売)は、アマテラスとスサノオが天安河で誓約を行ったとき、スサノオの剣から生まれた三女神の一人で宗像三女神と呼ばれ古くから航海の神として信仰されている。また、日本三大弁天の一つ厳島神社の主神である。

金刀比羅(大物主大神)
 

マップ戻る
松平稲荷社(宇迦之御魂神)
 宇迦之御魂神は食物の神、稲の霊とされ稲荷や大黒にまた宇賀神として弁天と結び付けられることもある。