寺社巡り


禅林寺
   太宰治の墓      森鴎外の墓
太宰治の墓森鴎外の墓

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霊泉山禅林寺

宗派:黄檗宗
 八幡大神社に隣接しており、開拓農民として神田蓮雀町から移住した人々が築地本願寺の池之坊を迎えて建立したという。
 元禄12年(1699)の台風で建物が崩壊したため、禅宗の一つ黄檗宗の賢州元養禅師に懇請し、大眉門下の梅嶺道雪禅師が元禄13年に再興開山した。本山は京都の宇治にある黄檗山萬福寺である。
 境内には、蓮雀開拓300年にあたって建立された弁天堂、十三重塔の明歴大火慰霊塔や梵鐘、墓地入り口には元禄3年(1690)造立の阿弥陀如来立像、墓地内には鴎外・森林太郎と弟養次郎(演劇評論家として歌舞伎の革新等に功績、筆名・三木竹ニ)の墓、三鷹駅近くの玉川上水で入水自殺した太宰治の墓、三鷹事件遭難者慰霊塔、三鷹駅開設や市の文化財保護に尽力した 萬福寺第53代管長・木村宣豊の墓などがある。

 また、市指定文化財の「イチョウ」の木のほか赤松、黒松の大木もある。松が多く「松の窪」とも呼ばれたようだ。(三鷹市教育委員会「てくてく。みたか」より)
 法専寺に次いで葬斎場として利用されていることが多い。