野川を歩く


不動明王碑

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石橋供養塔と不動明王碑

 ご利益:悪疫退散・災厄防除
 野川は国分寺市に入るとコンクリート壁に囲われた川になり住宅地の間を流れている。国分寺街道とぶつかる少し上流、元町用水と野川の合流点の手前に小さな橋が架かっている。これは不動橋といい、かっては石橋だった。橋の北側の路側に、石橋供養塔と隣に庚申塔と不動明王碑がある。

 「不動明王」碑は、村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐ意味を持っている。小さな石碑だが、今でも花や絵馬が飾られており、信仰の対象になっていることがわかる。
上の写真のマンションの1階に「萬葉堂」の看板がある菓子屋の右手に石橋供養の石碑、さらに右に庚申塔と不動明王碑がある。

石橋供養碑
不動明王碑
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石橋供養塔の由来
 石橋供養塔は、天保三年(1831)に造立された。不動橋は以前石橋だった。おそらくこの供養塔が造られたころに石橋になったと考えられる。
 石橋供養塔は、常に人に踏まれている石橋を供養する意味と、石橋を渡って村内に疫病や災厄が入り込むのを防ぐ意味を持っている。


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庚申塔
 庚申塔は、延享二年(1745)二月十八日の記年銘があり、造立者として国分寺村講中と11人の個人名が刻まれている。

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不動明王碑

 「不動明王」と刻まれているが、何時、誰が造立したのか不明である。この石にちなみ現在の橋の名を不動橋とした。(国分寺市観光協会の案内碑より)



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