野川を歩く


武蔵国分尼寺跡
武蔵国分尼寺復元模型

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武蔵国分尼寺跡

 武蔵国分僧寺の西側に位置し、JR武蔵野線沿い西側に史跡公園として現在整備中である。僧寺跡からは金堂跡前の道を西に進み、文化財資料室の前を通り、府中街道を渡り、JR武蔵野線のガードをくぐると目の前にある。北にある旧鎌倉街道の切り通しを抜けてJR武蔵野線沿い進むとJR西国分寺の駅に出る。
 尼坊の柱の一部と北側塀の一部を推定復元し、その板壁に説明板が掛けられている。
 写真上は整備中の尼寺跡、後方に復元北面塀が見える。僧寺がまだ土壇と礎石があるだけなのに対し史跡公園化がすすんでいる。僧寺跡も何れこのように整備されるのであろう。
 下の復元模型は国分寺境内にある文化財保存館に展示されている復元模型(尼寺部分をアップ)である。

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尼寺跡中枢部北辺
 尼寺伽藍地(寺域)の内の中門より内側の中枢部には金堂、講堂(未発見)、鐘楼(未発見)、経蔵(未発見)、尼坊などの主要建物が配置され、中門に取付く掘立柱壁と並行する素掘溝で長方形に区画される。規模は東西300尺(89.1m)、南北400尺(118.8m)と復元される。回廊を設けずに尼坊まで囲む特異な配置は僧寺と同じである。
 北面塀は尼坊の北側柱列より9m北に並行している。中軸線との交点部分は開口していて、通用門(北門)があったものと推定できるが、その規模は不明である。塀の柱穴はJR武蔵野線のまで14個が確認された。柱間は8尺(2.4m)、拝羅径25cm。柱穴掘方は一辺1.5〜1.8mの長方形で、建替えはない。土塀板塀か、あるいはいていたかどうかは不明である。参考として説明幡を兼ねて板塀をここに表示した。
 区画溝は塀より4.6mはなれて掘られている。上面幅1.5m、底面幡0.9m、深さ0.7mで伽藍地(寺域)区画溝よりやや小規模である。
 塀に近い内側と外側の溝は大きな穴がつながっている形態や、内側の溝が尼坊の北側部分にないことなどから、塀に直接伴うものでなく、塀を含む中枢部内建物の基礎工事に伴う用土を採取した跡(その後に瓦等の廃棄場所に利用)の可能性が大きい。なお、中軸線の西側は中近世の溝・土坑などが重なり塀。溝は確認されていない。(復元北面塀の説明板より)
尼寺跡発掘図

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尼寺跡発掘図
 左図は説明板の発掘図である。真中の四角の柱群が尼坊、その外の柱列は北面壁、北面壁の一番外側にある緑の線が区画溝、その内側に北面壁の外と内に溝(緑の線)がある。右側の桃色の線はJR武蔵野線、左の三叉路の桃色の線は道路である。





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